藤田れみ2026/04/16

 昨日の話だが、突如ありえない近所で、開始まで1時間切ってるのにもかかわらず埋まっていない引っ越し作業のタイミーが湧いたので、取って行ってきた。
埋まっていなかろうが女性のワーカーを採らない仕事なら断られるだろう、と踏んで取ってしまったが、どうなんでしょう?

 実際には断られることなく、できそうな範囲の作業を割り当てられ働ききった。ありがたい。
多少の意欲を出すとその「できそうな範囲」をじわじわと広げてもらえるあの感じも得られ、ちょうど楽しいまま終われた。
黙々とした作業と活き活きした連携との両方があって、もし身体が男性であったなら、きっと向いていた仕事だったろうなとすら思ったが、
さて今回ひとり分として働けていただろうか?と振り返ると自信を持てないため、今後同様の仕事は受けないかもしれない。

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 フィジカルのみならず、話術、ユーモア……なんに対しても思うことだが、
私は自分が自分のできる努力では到達しえない能力を持つ人々に、強い憧れを抱きがちだ。

 見方を変えると、おそらく私は努力をやや軽視してしまっている。
軽視というか、軽めにしか見積もれないというか。
(ただ、他人の「努力する能力」に対してこの憧れが発生することも、ままある)
努力は自身を向上させる素晴らしいおこないだ、と、書き込まれたとおりに呼び起こすことはできていても、
自らの内面に向けてそれを唱え続けることをしてこなかった。

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 私の転職活動が難航していることもあり……スケジュール的にはさほどだが、とにかくメンタルがよくなく、
マセキジュニアユースを満了しフリーになってから新しい出どころを探すこともなく、お笑いの活動をしていない時間が流れている。
そのようにして過ごしているうち、努力を重んじることができもしないのに、どうしてお笑いを続けようと思うのか、自分が理解しがたく腹立たしく感じるようになってきた。
(暇さえあれば自己嫌悪をする病気を患っているため、重大な事態ではないというかいつもどおり)
努力を信じ切れていないがゆえに努力が報われない結果となったときにもさほどダメージを受けず、辞める気にまで到れなかっただけなんじゃないか。

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 周りの、主に同期(ジュニアユースのみならず)の進退をみていて、
それぞれに抱く感情はあるわりに何も思えていないかのような感覚、焦りが、
今朝の痣のように薄くみえてきた。

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