藤田れみ2026/02/04

 家にいながらにして社会とか、構造とか、環境とか、自分自身以外のものごとを忘れることができない
忘れることができないことだけでは、まったく正しくはない

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「君はいつでも好きなときに自分自身の内にひきこもることができるのである。実際いかなる所といえども、自分自身の魂の中にまさる平和な閑寂な隠家を見出すことはできないであろう。この場合、それをじいっとながめているとたちまち心が完全に安らかになってくるようなものを自分の内に持っていれば、なおさらのことである。」
(マルクス・アウレリウス 著 『自省録』)

 前回とりあげた自省録がKindle Unlimitedにあったので早速読み始めている
しかしリンクの張られた脚注に飛ぶと、その脚注が本文中の別の地点を参照していることがかなり多く、これは書籍で読んだほうがラクだったかもしれない
ひととおり読み飛ばしてから改めてそのようにしよう

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 自分が何にもできていないと意識してしまう状態でいると、社会貢献性のあるものに触ろうとしがちで、
けして悪いことではないが都合がよいものだなあとは感じる

いまのところ、今回は下記ふたつ
有用かどうかは各々で考えてください

・Ecosia
・チューリッヒ株式会社のGreen Music

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 自分を大切に生きるなら復職するしかないが、うまくいく見込みはまったくない。ゼロに近い
ダメだったらダメだったときの雇用とか、制度とか、あるだけあるらしいからそうなったときには信じる

↑これがもう信じてないよなあ

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 人間はいつまでも健やかでいられない、から呪いをかけているのではないか?
そう思うばかりの政情

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